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熊本家庭裁判所人吉支部 昭和57年(家)105号 審判

申立人 桑山秀典 外一名

主文

申立人両名の本件申立を却下する。

理由

一  申立人両名は、「申立人らの氏「桑山」を「桒山」に変更することの許可を求める。」との審判を求め、申立の実情として、

「1申立人は昭和五六年一月八日結婚し、新戸籍を編製する際、「桒」の字は当用漢字にはないという市役所の係員の説明があり、「桑」の字でないと受理されないと思い込み、「桑山」で届出をした。2その後弟も結婚し、私の隣に住んでいるが、戸籍も「桒山」となつており、兄弟でありながら表札の文字が違うのも不自然であり、先祖代々使つてきた「桒山」をすて、「桑山」となしたことは、先祖に対してもまた隣接町内に居住している両親に対しても申訳なく思う。3私の軽卒な届けのため、子、孫と何らかの影響を受け、迷惑を被ることがあるかと思うと漠然たる不安を感じる。よつて、本件申立に及んだ。」旨申述した。

二  当裁判所の申立人両名に対する各審問の結果並びに一件記録を総合すると、次の事実が認められる。

1  申立人桑山秀典は、父桒山多賀男、母ミサの長男として昭和二五年一二月七日出生し、以来戸籍上「桒山」の氏を使用してきたが、同申立人は、小さい時から「桑山」を慣用し、小学校、中学校の賞状、卒業証書等は「桑山秀典」という氏名になつている。

2  申立人桑山由喜子は亡父石田正次郎、母瀬川アヤノの女として昭和三二年八月二七日出生した。

3  申立人両名は、昭和五五年一一月三〇日人吉市内で結婚式を挙げ、昭和五六年一月八日婚姻の届出をなしたが、新戸籍編製の際、市役所の戸籍係員の説明によれば、申立人秀典の旧氏「桒山」の「桒」という字は当用漢字にはなく、現在こういう字は使つていないということであつた。なお、その際、「桒」という字を当用漢字の「桑」にするにはその旨訂正申立書を書いて提出すればいつでもそのとおり訂正できるという説明があつた。

そこで、申立人秀典は、「桑山」という氏で婚姻届出をなした(申立人秀典は、上記市役所係員の説明を聞き、「桑」という当用漢字でないと受理されないと思い込み、上記届出をなした旨述べるが、申立人らの婚姻届書の「その他」欄には「桒山の「桒」は誤字のため「桑」に訂正の申し出します」と記載されていること、下記の弟の婚姻届出の状況、申立人らの当時の職業は教員であつたこと等の事情に照し信用し難い。)

4  申立人秀典の実弟幸三は桒山多賀男、ミサの弐男で、昭和五五年一一月三〇日申立人両名と同場所で同時に結婚式を挙げ、申立人らより先である昭和五五年一二月九日婚姻届出をなしたが、その際、市役所係員より申立人らと同様の説明を受けたが、新戸籍編製の際「桒山」氏で届出をなし受理された。

5  申立人両名と上記「桒山幸三」夫婦とは同一敷地内に居住しているが、表札の文字が異つており、このことについて申立人両名は不自然に思つており、また、申立人両名は、先祖代々使用してきた「桒山」氏を「桑山」としたことについて、先祖や隣接町内に居住している両親に対し申訳なく思つており、また、子孫が何らかの影響を受け、迷惑を被りはしないかと心配している。

三  上記認定事実からすれば、本件は、申立人秀典の先祖代々使用してきた「桒山」氏を軽卒に当用漢字である「桑山」に訂正のうえ届出、新戸籍を編製したことを理由に、旧氏に変更する旨の申立であるところ、当裁判所は、以下の理由により本件申立を理由なきものと判断する。すなわち、申立人秀典の旧氏「桒山」の「桒」の字は本来当用漢字「桑」の字の俗字又は誤字であつて、「桑」の俗字誤字は戸籍上数種あり、一般人にとつて区別がつけにくく、判読も困難であつて、戸籍法五〇条の常用平易な文字とは解されず、改氏の場合も同条の趣旨を尊重するのが相当である(同旨、東京高裁昭和五二年一二月一日決定、家裁月報三〇巻六号九〇頁参照)から、当用漢字から左のような俗字誤字に変更することは原則としてやむを得ない事由にあたるとはいえないというべきである。

そして、本件において上記認定のごとき事情は認められるが、かかる事情は、上記原則の例外を認むべき場合にあたらないというべきである。

四  以上の次第であるから、本件申立は、戸籍法一〇七条一項の「やむを得ない事由」に該当しないので、理由なしとしてこれを却下することとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 木下順太郎)

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